元日の夕方４時30分という中途半端な時間なのに、寿司屋通りにある「群来膳」はわざわざ私達のためにお店を開けてくれた。今年7月富良野のラベンダー畑を訪れる途中に小樽を訪れた際に、松倉さんの紹介でこの店のご主人進藤さんと初めて会った。キビキビとした立ち振る舞いとネタの良さに感激して、ご主人に店の名前のいわれを尋ねると、「鰊（ニシン）の群れがやって来て小樽の港が賑わったように、千客万来で自分のお店が賑わうように、という願いがこもっています」と、進藤さんは説明してくれた。山口誓子の俳句に『唐太の　天ぞ垂れたり　鰊群来』というのがあるが、鰊の群れが押し寄せると海の色が変わったと言われているくらいその魚群はすごい数だったらしい。鰊の語源は、身を二つに切り裂いて二身に料理することに由来するそうだが、二つに裂いた身の背肉の方は身欠きといって食用、脂肪の多い腹部の方は肥料にされていたそうだ。

さて本日は、最初に出てきた牡蠣の大きさと、味の濃厚さにまずびっくりさせられる。続いて手付きも鮮やかに盛り付けた刺身盛合わせは、紫色の卵がたっぷり入ったボタン海老や、シコシコと噛み心地が良い鮑、レモンをふって思わず「ウーン」と言いながらしゃぶりついてしまったタラバ蟹の脚、つやつや輝くホタテ貝、そして見事なマグロが食欲をそそる。「函館沖の天然マグロです」という進藤さんの説明に、「これが南下して青森沖で獲れれば、大間のマグロになるわけでしょ？」と聞くと、「そうですよ。魚に国境だの県境なんてありませんからね。豊後水道の大分県側で獲れればブランド物の関鯖（せきさば）も、愛媛県沖で釣られたら関鯖とは呼べないんですよ」、という返事。なるほどブランドに弱い人間の心理につけ込んだ“漁師の商法”というわけだ。

次の料理も斬新なアイデア。あんこうの肝をヒラメの刺身で巻いて、ワケギを添えてポン酢で食べる。あん肝（あんこうの肝）にポン酢は別に珍しくもないが、脂がくどい時もあるので、ヒラメを巻いてワケギを添えればあっさりして食べやすくなる。さらに地元の田中酒造に頼んで作ってもらっているオリジナル純米吟醸酒「群来膳」が、清冽な辛口で、唇にまとわりついたあん肝ペーストを拭い去り、さっぱりとさせる。絶妙なタイミングで「箸休めです」と、新生姜とおろし金で細かく擦った柚の皮の香りを乗せたべったら漬けを出すと、進藤さんは奥の調理場に入って行った。まもなくジューっという揚げ物の音が聞こえたかと思うと、フロアーを仕切る進藤さんの奥さんによって鱈の白子揚げが獅子唐を添えて運ばれて来る。思わず私は「お酒のお代わりを・・・」と頼んでしまった。

この頃になるとフラリ、フラリとお客さんが暖簾をくぐり、狭いカウンター席は次々と埋まっていく。全て一人で調理する進藤さんの手の動きが忙しくなってきたが、目線は全てのお客のお皿をくまなくチェックしている。隣のカップルが注文したウニいくら丼がドーンとカウンターを越えて出されると、見とれながら思わず「美味しそぉ〜」と声が出てしまう。「このウニは釧路の昆布森産で、一箱で五千円ですよ。ロシア産だったら一箱千円ですけど、月とスッポン。まるで味がちがいますからね」という進藤さんの説明に、「私達も少ぉし食べたいんですけど・・・」とリクエストしてしまう。小鉢にご飯を入れてその上にたっぷり醤油漬けいくらを乗せ、さらにその上にウニを惜しげもなく上乗せする。パクパクと胃袋に運びながら、またしてもその旨さに「ウーン」と唸ってしまう。

「あと、今日のお勧めと言えば？」と私が聞くと、進藤さんは迷わず「このツブ貝はいいですよぉ」と、大きなツブ貝を目の前のガラスケースから出した。これをつまみの最後にして、ヒラメのエンガワ、サーモン、ホッキ貝などまだ食べていないものを一貫ずつ握ってもらうとさすがに満腹になり、グラスに残ったお酒を飲み干して「あがり、お願いします」ということになった。それにしても心地よいリズムで新鮮な魚介類が次々と出てきて、目も舌も胃袋もすべて満足、幸せな気分で肌寒い店の外に出た。ご馳走様でした。

牡蠣	刺身盛り合わせ	ヒラメで巻いたあん肝
鱈の白子揚げ	うにいくら丼	ツブ貝

●鮨処　「群来膳」 　北海道小樽市色内1-12-8　電話：0134-27-2888