1月2日朝の天気予報によれば、新千歳空港がある胆振（いぶり）地方は晴れ後曇り。飛行機が欠航する兆しはないので、予定通りに行動することにする。朝食時松倉さんに昨晩の「群来膳」ご主人のもてなしと、松倉さんの様々な心遣いに対してお礼を言うと「今度は盆暮れ・正月の忙しい時を外して遊びに来て下さい。私も休みを取って一緒に飲みたいですから」と、嬉しいことを言ってくれた。10時過ぎにチェックアウトを済ませて、小樽築港駅から往きと反対方向の快速列車に30分程乗り札幌駅で途中下車し、昼食を取るために「サッポロビール園」にタクシーで向かう。混んでいなければ10分もかからない距離なのだが、正月の買い物客のせいか、かなりの渋滞状況で30分近くかかった。夕方5時発の飛行機なので時間にゆとりは有るが、札幌駅まで帰りの交通手段は地下鉄の方が良いかもしれないという考えが、チラリと頭をかすめた。

暖房の効いた部屋でラム（子羊）のロース肉、肩肉を一人前ずつ注文し、野菜と一緒に炒め生ビールと流し込んでいると、ガラス越しに見える外の雪が激しさを増してきた。まだ飲み足りないし、時間は充分ある。ワイフの「赤ワインがいいな」というリクエストに、西オーストラリア・マーガレットリバーの「シラーズ」赤ワインを一本追加する。柔らかいラム肉とラム肉の乳臭い匂いがしみ込んだ野菜には尖っていないシラーズの味が合うと思ったが、その通りだった。

二時間程食事を楽しみ、午後1時半に「サッポロビール園」を出た時はますます降りが激しくなったので、雪の中を地下鉄駅まで歩こうという気にはなれず、タクシーをつかまえて「札幌駅までどのくらいかかりそうですか？」と聞いてみた。女性ドライバーは、「もう、滅茶苦茶渋滞！下手すると一時間近くかかるよ」という返事。「14時50分新千歳空港行きの列車に間に合いますかね？」と尋ねると、「空港に行くの？それだったらタクシーで直接行った方が早いよ。高速を飛ばせば１時間ちょっとで着くからね」と意外な答えが返ってきた。「それは時間的には助かるけれど、実はＪＲ乗車券を既に買ってしまったのでね」と言うと、「いくら？二枚で2,680円？じゃ高速料金込みで普通1万1千円位かかるけれど、8千円ピッタリでいいわ。その代わり二枚の乗車券私に下さい。私はそれを駅で払い戻してお金にするから」と、面白い提案をしてきた。「運転手さん、この天気で高速を飛ばして1時間ちょっとで空港まで行ける？」と言うと、「私は免許を取って40年、運転には自信があります」と胸を叩く。面白い！決めた、空港までタクシーで行こう！

両車線とも渋滞の一般道に入るため、サッポロビール園の門から出る時に、誘導する若い男性の指示棒の振り方が曖昧で、右折で出ようとする私達の車を出そうとしているのか、左折してビール園に入場して来る車を優先させようとしているのか、ハッキリしなかった。この「運転歴40年」の「おばちゃん運転手」は窓を開けると、アルバイトの若い男の子を怒鳴り飛ばした。「そんなチンタラした棒の振り方して、事故起こしたらどうするん！どっちの車を止めようとしているのか、ハッキリしなさい！」ビビった男の子は入場車を止めて、私達の車を出してくれた。私は、「いいぞ、いいぞ！運転手さん。どうせあのアルバイトは『次の休憩時間はあと何分後かな』なんてポケーっと仕事してたんだから、今の一喝で目が覚めただろうよ」と拍手した。さぁ、それから気分良く乗ってしまったこの「おばちゃん運転手」、市内の裏道を抜けて高速に乗ると、凍って滑る道を時速95kmでガンガン飛ばす。「こういう道路はブレーキを使うと危険だから、前の車との距離と路面を計算しながらスピードを調節しながら走るのがコツよ」そして他の車に抜かれると、「あー口惜しい、バスになんかに抜かれるなんて」とか、「あー、ベンツか。それじゃ敵わないなぁ」などと声を出す。この「おばちゃん」、相当なスピード狂なのでしょうねぇ。それにしても車線変更する時に車線の上に積もったカチカチの雪を、ガリガリっと踏み砕いて隣の車線に移る運転は、雪国を走り慣れていなければ出来ない技だろう。私には怖くてとても出来ない。

北広島を過ぎて恵庭近辺になると吹雪がひどくなり、フロントガラスのワイパーブレードはフル回転状況。それでも道路が空いているのでスピードを落とさないおばちゃんは、「ここは山なので吹雪が強いけれど、ま、昼間は視界があるから大丈夫。夜になると、本当に怖いですよぉ。灯りがなくて真っ暗ですからね」気のせいか、隣に座っているワイフの顔が引きつってきたようだ。前方をゆっくり走っていた軽自動車にくっつきそうになる位接近して、「軽でスピード出せないくせに、追い越し車線なんか走るなよ！」と毒づく。恐れをなしたのか軽自動車がガリガリっと雪を踏み砕いてフラフラしながら走行車線に変更する。いやはや、これは遊園地のジェットコースターよりもスリルが有りますなぁ。。。。

かくしてわずか55分でサッポロビール園から新千歳空港ビルの前まで到着してしまった。凄い！ということで、一万円札を渡して「お見事な運転でした。お釣りは結構です」と言うと、おばちゃんは「まぁ、まぁ、それはどうも恐れ入ります。今度札幌に見えた時は、ぜひ電話で私を指名して下さい。支笏湖でも洞爺湖でもご案内しますよ」と、嬉しそうに笑った。私は声を出さずに、「『おばちゃん』、うちのワイフは多分指名しないと思うけれどね」と、微笑み返した。さて、羽田行き予約便の出発時刻まであと2時間半もある。一体どうやって時間を潰そうか？サッポロラーメンでも食べる？　【2006年1月11日校了】